「ね、知ってる?風間さんと引き分けたB級メガネくんの話!」

「それより、玉狛の白頭の子だよ!戦闘訓練1秒切りってやばくない!?」

「昨日、訓練場の壁に大きな穴を開けたっていう女の子も玉狛らしいよ〜。」



「……。」



あの子達、入隊初日でどうしてそんなに目立ってるのよ。今日だけで何度聞いたかわからない“例の”噂話で盛り上がっている新人オペレーター達を尻目に、なまえは深いため息をついた。

入隊して2日目。宇佐美に3週間みっちり教わっていたため、基本的なことは凡そ理解しているなまえは、新人達の中で誰よりも早く与えられた業務をこなしていた。そのスピードと正確さ故に、初日から指導担当には目をかけられ、他の新人オペレーター達にも一目置かれる存在となったなまえだが、三雲達ほど目立ってはいない、と彼女自身は信じている。

カタカタ、とキーボードを叩く手をふと止めたなまえは、壁にかけられた時計を見上げた。もうすぐ終業時間である。今日は宇佐美も本部に来ているらしく、せっかくだから帰りは一緒に帰ろうと誘われていた。
彼女との待ち合わせ時間までだいぶ時間があることだし、終業後は自販機で飲み物を買ってから、休憩スペースにでも行って今日習ったところを復習していよう。なまえはそんな予定を立てながら、再びディスプレイへと視線を向けた。

幼馴染を欺くためなら授業をサボることも厭わないなまえであったが、根は真面目なため、予習復習はしっかり行っている。
そのおかげか、はたまた元よりオペレーターの素質があったのか。なまえはまるで新人とは思えない落ち着いた様子で、テキパキと業務処理をこなしていく。
そんな彼女を見て、噂話で盛り上がっていた新人オペレーター達が「そういえば、みょうじさんも玉狛なんだっけ」「試験、一発合格狙ってるんでしょ?」「やっぱり、玉狛の人ってレベルが違うわ」と密めいていたことを、彼女は知らなかった。





死にたがりな幼馴染13





「小腹が空いたな…。」

『そういうときのために、ナマエからなにか食べ物を貰っていただろう。』

「!おお、そうだった。えっと、くっきー?をもらったんだった。」



空閑は鞄の中をガサゴソと漁り、そこからシンプルなデザインのギフトボックスを取り出した。今朝、なまえから貰ったものである。蓋を開けてみると、綺麗な焼色のついたクッキーが箱いっぱいに詰められていて、ふわりと香ったバターの香りに食欲が刺激される。
彼女の手作りだというそのクッキーは、ハートや星など様々な形状をしており、その内の一つにレプリカ形のチョコクッキーを発見した空閑は、思わず嘆称の声を上げた。とても美味しそうだ。

「そこにあるベンチで食おう。」偶々見つけた自動販売機の横にあるベンチには、ラッキーなことに先客が一人もいなかった。空閑はベンチに鞄とクッキーの箱を置き、ついでに飲み物でも買うかと自動販売機の前へと立つ。そして、握りしめた500円玉を見て、ハテと首を傾げた。



「オサムの話ではこの鉄っぽいのもおカネらしい。だが、鉄のよりも紙のやつのほうがずっと価値は上だという。紙なのに。」

『ふむ。見たところ、基本的に数字が上がるほどサイズが大きくなっている。金属のままこれ以上いくと、重すぎて持ち運びが困難になる。それを避けるため、軽い紙で代用しているのではないだろうか。』

「ふむ…。いちおう、納得できる。」



レプリカの推測に納得した空閑は、ようやく500円玉を入れ、自販機のボタンを押した。ゴトン、という音と共に落ちてきた缶ジュースとおつりを見て、彼はまた不思議そうに首を傾げる。



「買い物をしたら、おカネが増える。これも謎だ。」

『“おつり”だ。細かくなったんだ。』

「あ、」



話している最中、彼の手に収まっていた小銭の一つがポロリと落ちてしまった。そのままコロコロと地面を転がっていく小銭を目で追っていると、それはやがて誰かの靴にぶつかり、停止した。



「我が物顔でうろついてるな、近界民…!」

「あんたは…、」



ボサボサの髪に、目の下の隈が酷く不健康そうな印象を受けるその男は、足元の小銭を拾い、空閑のもとへと歩み寄った。だいぶやつれてしまっているけれど、その毒蛇のような殺気立った瞳を空閑は確かに知っている。
重くなる弾の人。そう呟くと、三輪秀次はチッと大きく舌を鳴らした。

小銭を拾ってもらったことに対し、お礼を述べる空閑を無視して、彼は自販機で飲み物を買う。記憶していたよりも随分と大人しい様子に、空閑はあれ?と感じた違和感をそのまま口に出した。



「どうした?元気ないね。前はいきなりドカドカ撃って来たのに。」

「……本部がお前の入隊を認めた以上、お前を殺すのは規則違反だ。」

「ほう…?」


「おっ、黒トリの白チビじゃん!」

 

突然、その場に不釣り合いな明るい声が響く。聞こえてきた第三者の声に振り返れば、そこにはなぜか玉狛支部にいるはずの陽太郎と、その陽太郎を肩車した米屋陽介が立っていた。傍には雷神丸もいる。
「ヤリの人とようたろうがなんで一緒にいるの?」という空閑の純粋な疑問に、米屋は「おもりしてんだよ」と笑って答えた。聞けば、米屋と宇佐美は従兄弟らしい。
前回戦ったときもそうだったが、彼は近界民である空閑にも友好的で、尋ねると大体なんでも教えてくれる。そういうところは宇佐美とよく似ているな、と空閑は思った。



「つーか、秀次。おまえ、なんか会議に呼ばれてなかったっけ?」

「…風間さんに体調不良で欠席すると言ってある。」

「ふむ。体の調子が悪いのか。疲れているなら、甘いものがいいらしいよ。食べる?」



米屋と三輪の会話を聞いていた空閑は、思い出したように置きっぱなしにしていた箱を手にとり、その中身を三輪へと差し出した。普通に美味しそうな手作りクッキーだ。
隣りで見ていた米屋が「おお、うまそうじゃん」と呟く。空閑のそれは甘い物を食べたら疲労回復するかも、という親切心からの行動であった。



ーーだが、次の瞬間。


三輪の右手によって弾かれた箱が、空閑の手から滑り落ち、瞬く間にクッキーは床へと散らばってしまった。

何が起こったのか、誰もすぐには理解できなかった。驚いた様子で無残なクッキーを見つめる空閑達であったが、それ以上に混乱していたのは、何故かぶちまけた三輪自身だった。
目を大きく見開いた彼は、肩で息をしながらクッキーを凝視している。きっとそれは無意識での行動だったのだろう。しかし、そのクッキーを受け入れられない理由が、確かに彼の中にはあったのだ。

そのクッキーをひと目見た瞬間、三輪には誰がそれを作ったのか、容易にわかってしまったから。



「ふふ。ほんと、秀次はクッキー好きよね。」






「……秀次?」

「っ、」



ビクッと肩が揺れる。床から視線を上げ、ゆっくりと声の方へ振り向けば、そこには目を白黒させる彼の幼馴染の姿があった。
恐らく自販機を利用しに来たのだろう財布を持った彼女の視線は、床に散らばったクッキーへと一心に向けられている。彼女は不安にせき立てられるような声で「どうして、」と呟いた。



「どうして、だと…?」



急な幼馴染の登場に動揺を隠しきれない三輪であったが、その幼馴染の声を聞いた途端、心は冷水を浴びたように一瞬で冷えきってしまう。
代わりに、じんじんと音を立てて湧き上がってくるそれは間違いなく“怒り”の感情であった。自分の姉を殺した近界民と仲良くする幼馴染を、彼女が作ったクッキーを我が物顔で食べる近界民を、彼はどうしたって許すことができなかった。

それが例え誰よりも何よりも愛おしく、ずっと一緒に生きてきた、一生守ると心に誓った大切な女の子であったとしても関係ない。近界民は人類の敵だ。彼にとって、それは絶対である。

だから、



「近界民と手を組むというのなら、なまえ、お前も裏切り者だ…!もう二度と馴れ馴れしく俺に話しかけるな!」



怒りの感情と共に重くのしかかってくるこの負の感情は、きっと彼女に対する失望感だ。

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